大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)117号の2 判決

原告 三輪昌成

被告 淀川税務署長

訴訟代理人 岡準三 中川平洋 ほか三名

主文

北税務署長が、昭和四〇年八月三日付でした、原告の昭和三九年分所得税の総所得金額を五三三、七〇〇円とする更正処分および過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、クリーニング業を営む者であるが、北税務署長に対し、昭和三九年分所得税の総所得金額を三一三、七〇〇円とする確定申告をしたところ、同署長は、昭和四〇年八月三日付で右金額を五三三、七〇〇円とする更正処分および過少申告加算税賦課決定処分をした。原告はこれに対し異議申立をしたが棄却されたので、大阪国税局長に審査請求したところ、これも棄却された。なお北税務署長による本件処分後、淀川税務署が新設され、本訴に関する権限が北税務署長から被告に承継された。

2  しかしながら、本件処分には次のような手続上および実体上の違法がある。

(一) 本件処分は、何らの調査をすることもなく、全くの見込でなされたものであるから違法である。

(二) 原告の昭和三九年分の総所得金額は、確定申告のとおりであるから、本件処分は原告の所得を過大に認定した違法がある。

二  請求原因に対する被告の答弁

請求原因1の事実を認め、同2の主張を争う。

三  被告の主張

1  北税務署長は、原告の昭和三九年分の所得調査のため、昭和三九年一〇月六日に部下職員を原告方に赴かせたところ、原告は、帳簿書類の一部を保存するのみであり、しかも調査のための質問に対しても明確な応答がえられなかつた。そこで北税務署長は、やむなく原告方の機械設備、電力使用量、および原告の申立て等にもとづいて所得を計算したところ、原告の申告額と異つたので本件処分をしたのである。

2  原告の総所得金額

(一) 原告の総所得金額は別表A欄のとおり九二九、三一三円となるので、この範囲内でなされた本件処分に違法はない。

売上金額は、次のとおり推計することができる。

(1) 原告店の一回の洗濯によるカッターシヤツの仕上枚数は五〇枚であり、その工程は次の・ないし・のとおりである。

〈1〉 ワツシヤー(二分の一馬力モーター付)使用

水洗→石けん洗→高温洗→ゆすぎ

〈2〉 脱水機使用(一馬力モーター付)

脱水

〈3〉 ワツシヤー使用

のり付

〈4〉 脱水機使用

のりしぼり

〈5〉 ワツシヤー使用

しわのばし

〈6〉 プレス機(〇・二Kwモーター、三Kwヒーター付)使用

プレス

(2) 右一工程における各機械の使用時間は次のとおりである。

a ワツシヤー合計一二四分

その内訳、水洗二〇分、石けん洗二〇分、高温洗四〇分、ゆすぎ三〇分、のり付七分、しわのばし七分

b 脱水機合計三三分

その内訳、脱水七分、のりしぼり一五分以上合計二二分右二二分に一、五回(ワツシヤーのあがりものを一回半かけて脱水する)を乗ずると結局三三分となる。

c プレス機合計一〇〇分

右プレス機でカツターシヤツ一枚をプレスするに要する正味通電時間は二分である。したがつて、カツターシャ ツ五〇枚をプレスするには合計一〇〇分必要である。

(3) したがつて、一回の洗濯工程に要する電力量は次の算式のとおり合計六、六Kwとなる。

ワツシヤー 0.8Kw×1/2×124/60H = 0.826Kw

(注 1馬力=0.8Kw)

脱水機 0.8Kw×1×33/60H = 0.440Kw

プレス機 3.2Kw×100/60H = 5.334Kw

(4) 原告の昭和三九年分の年間電力消費量は、四五〇四Kwであるから、これを右(3)の六、六Kwで除すと、年間工程回数は六八二回となる。

4,504Kw÷6.6Kw = 682回

(5) カツターシヤツ一枚当りの洗濯料金は五〇円であつたから、これに一回の洗濯工程の仕上枚数五〇枚と、右(4)の年間洗濯工程回数六八二回を乗ずると、昭和三九年分の売上金額は次のとおり合計一、七〇五、〇〇〇円となる。

50円×50枚×682回 = 1,705,000円

(二)予備的主張

(1) 原告は、昭和三九年中に外注ドライ工賃を二四、〇〇〇円支払つたと主張するが、仮にこれが真実であつたとすれば、それに見合う売上金額があるはずである。それを次のとおり八五、七一一円と推計した。

(イ) 推計に必要な数値

a 大阪府ドライクリーニング協同組合の料金単価の平均=一、〇四〇円

b 原告の売上単価の平均=三、七二〇円

c 原価率=〇・二八

算式 1,040円÷3,720円 = 0.28

(ロ) 算式

外注ドライ工賃 原価率 ドライ売上

24,000 ÷ 0.28 = 85,711円

(2) この結果原告の総所得金額は次のとおり九九一、〇二四円となるから、この範囲内でなされた本件処分に違法はない。

売上金額    経費  外注工賃

算式 1,790,711円-(775,687円+24,000円)= 991,024円

(三) 原告は控ノート(〈証拠省略〉)によつて売上金額を算出することができると主張するが、この控ノートは次の理由によつて売上金額算出の基礎とはなしえない。

(1)原告は、右ノートを預り品の受払いに活用したわけではなく、特に控えておく必要のある人、品物についてのみ記帳し、しかも代金の収受は記帳しておらず、又年間で最も売上が多い時期と考えられる四月ないし六月分を欠くうえ、一部に日付の欠ける部分が見られるから、右ノートは、その正確性に疑問があるのみならず、預り品のすべてが網羅的に記帳されているものではない。

(2) 原告の店舗の立地条件および使用人が常時一名以上いた状況によれば、原告は外交による受注も扱つていたことが明らかであるから、店頭扱いに関する右ノートのみをもつて売上金額のすべてを算出することはできない。

3  総理府統計局発行の昭和三九年家計調査年報によると大阪市における一世帯当り(世帯人員数四・三一人)の一か月平均の消費支出額は、五〇、二一〇円である。原告の家族数は四・五人(長男は昭和三九年六月一九日出生)であるから右平均値により、原告の年間消費支出総額を求めると次の算式のとおり六二九、〇七六円となる。

50,210×4.5/4.31×12 = 629,076円

当時の原告およびその家族の生活状態が、大阪市における通常の生活に比し、特に低いと認められる事情のない本件においては、原告は、右平均値と同等またはこれ以上の生計費を支出したとみられるから、原告の総所得金額が右平均値によつて求めた年間消費支出総額を甚だしく下まわることはありえないのであつて、そのような結果となる原告主張の総所得金額は極めて不合理なものといわなければならない。

四  被告の主張に対する原告の答弁

1  被告主張の総所得金額の明細についての認否は、別表B欄のとおりである。

売上金額について説明する。

原告は昭和三九年当時の注文を六冊の控ノート(〈証拠省略〉)に記載しており、同年分の所得の申告に際してもこれによつて売上金額を算出したのである。ただその後ノート一冊を紛失したので残りの五冊によつて売上金額を計算すると次のとおり約八五〇、〇〇〇円となる。

(1) 昭和三九年一月ないし三月、および七月ないし一二月分の売上は合計五四八、二一〇円となるから一か月平均の売上は約六一、〇〇〇円である。

(2) ところで毎年四月ないし六月は、他の月に比べると売上の多い時期であり、一か月平均一〇〇、〇〇〇円の売上があつたから、四月ないし六月の売上は合計三〇〇、〇〇〇円となる。

(3) 右(1)、(2)によれば年間の売上金額は約八五〇、〇〇〇円となる。

2  被告主張の売上金額に対する反論

(一) 右1のとおり売上金額は原告の控ノートにより一月ないし三月および七月ないし一二月分は実額で、その余の分は推計により算出できるのであるから、これを採用しない被告の推計方法は失当である。

(二) 被告の推計方法は、常に品物が満杯の状態で機械設備が稼動していることを前提としているが、しかし原告は、実際には、品物の種類ごとに、少しづつでも別々に工程にかけており、品物が少いときでも納期に間に合わせるために、満杯の状態でなくとも、機械を稼動させているし、又家族や職人の洗濯物も営業用の機械を使用して洗濯していたのであるから、被告の右前提はこの実情を全く無視したものであつて失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実(原告の営業と本件処分の存在等)は、当事者間に争いがない。

二  原告は本件処分が手続的に違法であると主張するのでまずこの点について判断する。

〈証拠省略〉と弁論の全趣旨によれば、北税務署長は、原告の昭和三九年分の総所得金額を実額によらずに、同業者率等によつて推計し、本件処分をしたことが認められる。

一般に、推計課税は、経験則や統計値等の適用により、所得を間接的に推認して課税する方式であり、そこで認定された所得と真実の所得との間に誤差を免れないものであるから、納税義務者の帳簿書類が全く存在しないか、存在してもそれが不備であり、納税義務者の説明や反面調査等によつてそれが補完できない場合、又は納税義務者が調査に非協力的で、他に所得を実額で明らかにしうる方法がない場合に初めて許容されると解すべきである。そして推計課税は濫用されてはならないからもし、課税処分において、右のような推計の必要性がないのに、所得の認定の過半が推計によつてなされている場合には、それが真実の所得金額に合致しているかどうかにかかわりなく、その課税処分自体違法というべきである。

そこで本件処分において果して推計の必要性があつたのかどうかを検討する。

〈証拠省略〉によれば、原告は、クリーニング業を始める前に交通事故で受傷したこともあつて、昭和三九年中においてはほとんど店頭扱いのみで営業し、外交による受注といえるのは、近所に配達に行つた際に注文を受けた場合だけであり、客からの注文品は、そのすべてを控ノート六冊(〈証拠省略〉)に記帳していたこと(ただし、昭和三九年一〇月一五日から同月二〇日までの間は、ノートが無かつたので、わら半紙に記帳していた)本件処分に対する審査請求の審理のための調査を受けた際にはそのうちの一冊を無くしていたことが認められ、この認定に反する証拠はない(被告は、原告が外交により受注を扱つていたと主張するが、これを肯認するに足りる証拠は存在しない)。

被告は、被告の主張2、(三)において、原告の右各ノートは、注文品のすべてにわたつて記帳されたものではないと主張する。前掲各証拠によれば、確かに右各ノートには、納期、返品、代金等が記載されていなかつたことが認められるが、このことから直ちに右各ノートに注文品の記帳もれがあつたと速断することはできない。〈証拠省略〉によれば、右各ノートには日付の抜けている部分があるが、〈証拠省略〉によれば、これは休業の日や、雨降りのため客が来なかつた日であり、記帳もれではなかつたことが認められる。したがつて被告の右主張は採用できない。

なお被告は、原告の右各ノートを基礎にした原告の申告所得金額が、大阪市の一か月平均の消費支出額から求めた原告の年間消費支出総額を下まわるから、右各ノートの記載も不正確であるかのような主張をするが、原告方の当時の生活水準が、大阪市の平均かそれ以上であるという立証のない本件においては、被告の右主張を採用することはできない。

ところで原告は、昭和三九年分所得税の申告に際して、売上金額を右各ノートに記載されている品目に対応する当時の各売上単価を集計することにより算出したことが認められる。したがつて北税務署の職員が、本件処分の前提として原告方に赴いて調査した際(この事実は〈証拠省略〉によつて認めることができる)、右ノートの存在を確かめ、原告に説明を求めて、原告のしたのと同様の方法により、売上金額を実額で確認することができたはずである(本件において、右調査当時、右各ノートが存在せず、又は調査に対して原告が非協力的であつたという証拠はない)。そうすると本件処分は、推計の必要性がないのに所得認定の過半が推計をもつてなされたものであるから、それ自体違法というほかはなく、取消しを免れない。

三  よつて原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

別表

項目

A被告主張額(円)

B原告の認否・

主張額(円)

売上金額

1,705,000

850,000

II

経費

〈1〉公租公課等合計

〈2〉雇人費

〈3〉外注工賃

〈4〉専従者控除

775,687

291,387

398,000

0

86,300

545,687

144,000

24,000

III

総所得金額

929,313

304,313

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例